ギリシャの世界遺産一覧!あの有名な「パルテノン神殿」や「天空の城」も
ヨーロッパにおいては最古であり起源とも言える、長い歴史を有する国ギリシャ。時代ごとに栄えた文明・文化の特色ある遺産が、数多く存在しています。
この記事では、そんなギリシャの「世界遺産」を一挙ご紹介!
今回はよくある世界遺産の「登録年」の順ではなく、ギリシャの歴史を追っていくように、「遺跡自体の歴史の古い順」で記載をしていきます。
ギリシャの世界遺産をより興味深く感じて頂ければ幸いです!
Contents
- 1 有名なギリシャの世界遺産は?数はいくつ?
- 2 ギリシャの世界遺産を一覧でご紹介!
- 2.1 デロス島
- 2.2 ミケーネとティリンスの考古遺跡群
- 2.3 デルフィの古代遺跡(デルポイ)
- 2.4 オリンピアの考古遺跡
- 2.5 サモス島のピュタゴリオンとヘラ神殿
- 2.6 アスクレピオスの聖地エピダウロス
- 2.7 アテネのアクロポリス(パルテノン神殿)
- 2.8 バッサイ(ヴァッセ)のアポロン・エピクリオス神殿
- 2.9 エゲ(現ヴェルギナ)の考古遺跡
- 2.10 ピリッポイの古代遺跡
- 2.11 神学者 聖ヨハネ修道院と黙示録の洞窟を含むパトモス島の歴史地区 (ホーラ)
- 2.12 テッサロニキの初期キリスト教とビザンティン様式の建造物群
- 2.13 アトス山
- 2.14 メテオラ
- 2.15 ダフニ修道院群、オシオス・ルカス修道院群及びヒオス島のネア・モニ修道院群
- 2.16 ミストラスの考古遺跡(ミストラ遺跡)
- 2.17 ケルキラ歴史地区(コルフ旧市街)
- 2.18 ロードス島の中世都市
- 3 まとめ
- 4 世界遺産と観光のQ&A!
有名なギリシャの世界遺産は?数はいくつ?
ギリシャはヨーロッパの中でも特別な国。はじめに、そんなギリシャの世界遺産の特徴、またその魅力について簡単に説明します!
「パルテノン神殿」も!ギリシャの世界遺産の数
ギリシャのもっとも有名な世界遺産といえば、やっぱりアテネのアクロポリス、「パルテノン神殿」ではないでしょうか!アテネの丘の上にそびえ立つ白亜の神殿はとても素敵です。
そんなパルテノン神殿を筆頭に、ギリシャの世界遺産は18件もの登録があります。パルテノン神殿に負けず劣らずの歴史や美しさを備えた世界遺産も多く、地中海や山々の美しさと相まってギリシャらしい景色が楽しめる点でも魅力的です。
有名な“複合遺産“「天空の城メテオラ」
そんな世界遺産には、「文化遺産」と「自然遺産」、その両方の価値を持つ「複合遺産」という3つの区分があります。ギリシャの世界遺産は「文化遺産」が主であり、「自然遺産」は存在せず、その代わり「複合遺産」が2件あります。
実は「複合遺産」は、全世界1000件を超える世界遺産の中でも、わずか39件しか存在しない、大変希少なもの。日本には0件で、ギリシャのように国に複合遺産が2件あるのは大変珍しいこと!
その複合遺産のうちのひとつは、「天空の城」や「天空の修道院」とも表現される「メテオラ」です。絶景の中に浮かぶような修道院の姿は荘厳そのもの。ギリシャの世界遺産の中でも、一度は訪れたい遺産です。
ヨーロッパの歴史や英語の原点にも
古代ギリシャの文明は、後から発展した強大なローマ文明の支配下に置かれ、勢力としては弱体化していきます。ただ、ローマ文明は古代ギリシャ文明の文化、哲学、美術、神話から大きな影響を受け、積極的に取り込んでいきました。
そんなローマを介してヨーロッパ全土に広まったギリシャ文明は、今日ではヨーロッパの起源として、「古代史」「歴史」として広く定着しています。これは言い方を変えると、ヨーロッパのどこの国であってもギリシャ文明から何らかの影響を受けている、ということ。言語ではラテン語(ローマ)経由で英語やフランス語などにも多く借用されています。
そんな「原点」の国の世界遺産、気になりますね!それでは、以下よりギリシャの世界遺産をご紹介していきますので、ご覧ください。
ギリシャの世界遺産を一覧でご紹介!
本記事の冒頭にも記載しましたが、ここでは世界遺産の「登録年」ではなく、「遺跡自体の歴史の古い順」で記載していきます!世界遺産としての特徴だけでなく、ギリシャの歴史を通じてその世界遺産の持つ価値が伝わりやすいかと思います。カッコ内は登録年になります。
デロス島
文化遺産 【1990年】
ギリシャの歴史は紀元前3000年(前30世紀)ごろ、エーゲ海のキクラデス諸島に始まった文明、「キクラデス文明」が最初期と言われ、同時にこれがヨーロッパ内でももっとも古い文明と考えられています。世界遺産に指定されたデロス島では、紀元前2000年ごろから人が住んだ形跡が見られ、「ミノア文明」の影響も見られつつ次第に発展。
紀元前900年ごろからはこの地域の信仰の中心地に位置づけられ、神殿やアゴラ(広場)などの遺跡が現存。これが世界遺産として保護されることになります。ギリシャ神話のディオニソスとレトの子、アポロンとアルテミスの誕生地とされ、多くの巡礼者が訪れたと言われています。
ちなみにキクラデス諸島は、この文明から5000年経った現代でも人気のエリアとして知名度を失っておらず、それが何よりすごい事かもしれません!サントリーニ島やミコノス島など観光地・リゾート地としてもお馴染みのエリアで、デロス島へも気軽に行き来できますよ。
ミケーネとティリンスの考古遺跡群
文化遺産 【1999年】
上記の「キクラデス文明」の次に台頭してきたのは、クレタ島で栄えた「ミノア文明」、これを追って力を持ったライバルが、ギリシャ本土の「ミケーネ(ミュケーナイ)文明」です。ミノア文明は高度な一大文明でしたが、サントリーニ島で起きた大噴火や地震により次第に勢力が衰え、紀元前1600年ごろにはミケーネ文明に覇権を譲ります。
世界遺産ミケーネは、ゼウス神の息子ペルセウスによって設立されたという伝説を持ち、またホメロスの「イリアス」に登場するアガメムノンを輩出したと言われる国でもあります。地中にあった遺跡のため、目立つ建築物が残っているわけではありませんが、「アガメムノンのマスク」と呼ばれる金の仮面や、多くの黄金細工を出土しています。
尚、この遺跡は1872年にドイツの実業家シュリーマンによって発掘されました。この人は驚くべきことに「イリアス」の舞台、現トルコの世界遺産「トロイ」の発掘者と同一人物。発掘の手法に問題があった点でしばしば指摘されますが、その情熱は素晴らしいものです。実は来日もされていて、「シュリーマン旅行記」にて八王子・江戸の記述が残っています!
デルフィの古代遺跡(デルポイ)
文化遺産 【1987年】
古代ギリシャの文化、文明の中でもっとも重要な地位にあり、(ギリシャ)世界の中心とも捉えられてきた聖域が「デルフィ」です。世界遺産登録名は「デルフィ」ですが「デルフォイ」「デルポイ」とする表記も多数。この地は古代より「女神ガイア」を祀り、神託(神のお告げ)の伝統が受け継がれ、次第に太陽神アポロンを祀る一大聖地へと発展します。
紀元前1400年ごろから、以降その地位をより強固なものとし、非常に強い影響力は古代ギリシャの「裏の支配者」とでも言えるほど!「キクラデス文明」でも「ミケーネ文明」でも、もちろん「アテナイ」などのポリスでも、政治的な判断や戦争を決めるなどの重要な局面では必ずデルフィで神託を受けたと言われています。
現存するアポロン神殿は紀元前4世紀のもの。ギリシャ内陸の緑の山々に、石造りの遺跡が映えて、その景観自体が大変美しい世界遺産です!
オリンピアの考古遺跡
文化遺産 【1989年】
世界遺産オリンピアは古くから人が居住した地でしたが、紀元前1000年(前10世紀)ごろからは、主神ゼウスへの信仰の都市として位置づけられるようになりました。紀元前8世紀に入るとこのゼウス神に奉納するため、4年に1度のスポーツ大会「オリンピアの祭典」が開催されるようになり、これが4世紀まで続きます。
そう、これが「オリンピック」のはじまり!人間の美と、自由、平和を表現し、開催中は戦争も一時中断したと言われます。最盛期にはギリシャ世界の各地から参加者が集った大きな大会となり、その開催数は実に293回、1200年に及びました。ちなみに近代オリンピックは1896年から始まっていますが、この時の第1回大会の開催地はギリシャでした。
サモス島のピュタゴリオンとヘラ神殿
文化遺産 【1992年】
サモスは女神ヘラが誕生したとされ、古くより信仰される島。ゼウスの正妻で嫉妬深い、という印象のある神ですが、実は女神の最高位であり、「神々の女王」とも言える存在です。
一方ではヘラはギリシャ以前の古い神で、ゼウス(ギリシャ)と結婚させられた、という解釈もあるそうで、興味深いです。島には女神の神殿跡がわずかに残っており、世界遺産として保護されます。
また人工の港湾としては地中海最古のものと考えられている「ピタゴリオ」の港もまた世界遺産に含まれます。ここは古代ギリシャにおいても「サモスの賢人」と呼ばれた、数学者であり哲学者ピタゴラスの誕生地でもあります。紀元前6世紀ごろから発展したとされます。
アスクレピオスの聖地エピダウロス
文化遺産 【1988年】
ここまでの世界遺産でお気づきの方もいらっしゃると思いますが、古代のギリシャではそれぞれの街ごとに「守護神」を掲げる習わしがありました。デルフィはアポロン、オリンピアはゼウス、サモスはヘラというように、街が特徴づけられます。世界遺産エピダウロスは、アポロンの息子であり医療の神であるアスクレピオスの聖地。
6世紀前半から信仰され、アスクレピオスの神殿の周囲には医療施設や運動場などが建てられ、大きな医療センターへと発展します。また付近には4世紀に設計された劇場が残り、ギリシャの中でも特に美しいと言われ大変有名。音響効果が抜群で、現在でも夏季にはオペラなどの公演が開かれることも。
アテネのアクロポリス(パルテノン神殿)
文化遺産 【1987年】
アテネ(アテナイ)の丘一帯は、もっとも古いもので紀元前6000年ごろからの居住跡が見つかっており、紀元前2000年ごろからは王宮などが建てられた形跡が残っています。このエリアが紀元前8~6世紀ごろから女神アテナの神殿が建てられるなどし、「アクロポリス」として大いに発展。ふもとに街が形成されていきます。
ところがアテネは紀元前480年に一度ペルシャに破壊されます。これを再興し紀元前438年に完工したものがアクロポリスの「パルテノン神殿」です。ドーリア式建造物の最高峰とされ、この紀元前5世紀半ばこそ古代アテネの黄金時代。プラトンやソクラテス、アリストテレスなど哲学者が「アゴラ(広場)」に集い、哲学や政治を論じ、民主制が敷かれたのも、同じ時代です。
それから2500年。アテネは現代でも変わらず街と遺跡が一体化しています。観光地として切り離されていない、街の「いつもの風景」の中に神殿がある。決して世界の大都市というほどの規模はありませんが、そんなアテネはとても素敵な街であり、素晴らしい世界遺産です!
バッサイ(ヴァッセ)のアポロン・エピクリオス神殿
文化遺産 【1986年】
バッサイは、「岩々の小さな谷」を意味し、現在のペロポネソス半島中央部に位置します。この地の人々が、紀元前5世紀に流行していたペストの被害から逃れられたことに感謝し、アポロン神殿を建造したもの。ギリシャの中でも都市から離れた山間部のため、酸性雨などの被害が少ないことで知られています。
またこの神殿を手掛けた建築家は、パルテノン神殿と同じイクティノスとも伝えられており、柱にドーリア式・イオニア式・コリント式が混在、融合している点で特徴的。コリント式は頭に植物の装飾があるタイプで、この神殿がコリント式を用いた最古の例とされ、世界遺産に。
エゲ(現ヴェルギナ)の考古遺跡
文化遺産 【1996年】
ギリシャ北部で紀元前5世紀ごろから力をつけていったのが、マケドニアです。マケドニア人と言っても、起源はヘラクレスの血を引くと信じられており、人種的にはギリシャ人と変わらず、言語や宗教も変わりませんでした。建国は紀元前7世紀に遡りますが、紀元前4世紀ピリッポス2世の時代に飛躍的に発展。そしてこのピリッポス2世の息子こそ、かのアレクサンドロス大王です!
世界遺産エゲ(アイガイ)の遺跡は、このマケドニアの最初の首都です。デルフィの神託によってこの地に定められました。紀元前5世紀末には新しい都ペラへの遷都を果たしますが、その後も聖地としての価値は失われず、王家の祭礼が行われる場所として存続しました。ピリッポス2世もこの地に埋葬されています。
ピリッポイの古代遺跡
文化遺産 【2016年】
ギリシャの中で最新の世界遺産です。ピリッポイは紀元前4世紀にマケドニアのピリッポス2世が金鉱山の開発や軍事の拠点とすることを目的に創設。また近隣の都市(アンピポリスとネアポリス)を結ぶ街道を防衛するという意図もありました。
この街道が、ギリシャとマケドニアの後、ローマ時代になって再興され、エーゲ海~テッサロニキ~ビザンティウム(後のコンスタンティノープル、現イスタンブール)を結ぶ重要な道「エグナティア街道」として整備されました。
ローマ時代のピリッポイは新約聖書の中の「フィリピの信徒への手紙」の宛先としても知られ、これは1世紀、西暦62年ごろに使徒パウロが獄中で書いたものと言われています。それぞれの時代に特色のある世界遺産です。
神学者 聖ヨハネ修道院と黙示録の洞窟を含むパトモス島の歴史地区 (ホーラ)
文化遺産 【1999年】
世界遺産パトモス島はエーゲ海の東に位置し、その歴史はローマ時代の流刑地としてはじまります。上記の使徒パウロと同様、まだローマでキリスト教が公認されていない西暦95年ごろに使徒ヨハネが罪人として流されてきた島です。ヨハネはイエス・キリストの啓示により、この地の洞窟で「ヨハネの黙示録」を執筆した、とされています。
この黙示録は新約聖書の中でも、もっとも議論された書物であり、その予言めいた内容は2000年経った今でも人々の心をつかんで止みません。11世紀になりこの伝説の地に城壁に囲まれた「ヨハネ修道院」が設立されると、12世紀以降は周囲に街が発展。16世紀にオスマン帝国の領土になりますが、現在でも当時の状態をよく保っている世界遺産です。
テッサロニキの初期キリスト教とビザンティン様式の建造物群
文化遺産 【1988年】
テッサロニキは、紀元前4世紀のマケドニア時代に築かれ、ローマ時代を経て、ビザンツ時代に花開いた古都。首都コンスタンティノープルとの交流も深く、ビザンツ帝国第二の都市として栄えました。宗主国が変わりながらも4~15世紀まで重要な都市であり続け、その間実に1000年以上ですから驚きます!
テッサロニキで世界遺産に登録される建造物も、古くは4世紀の「ロトンダ」から、6~7世紀の「アギオス・ディミトリオス聖堂」、11世紀の「パナギア・ハルケオン聖堂」など、時代をまたいで建てられており、モザイク画やフレスコ画が多く残されています。4世紀になってキリスト教が認められ、貴重な初期キリスト教芸術の傑作も残っています。
アトス山
複合遺産 【1988年】
世界遺産アトス山は、約2000mの山と手つかずの自然に囲まれた、20もの修道院が集うギリシャ正教最大の聖地です。ギリシャの領内である一方で大幅な自治が認められ、イタリアのバチカン市国のような、いわば「自治国」という存在!入域(入国)の制限は厳しく、女人禁制とされています。
このエリアには8~9世紀ごろからギリシャ正教の修道士が住んでいたとされ、9世紀末に最初の修道院が建てられた事を契機に、多く修道院が建てられ、11世紀には聖域としての規模を拡大。時代により迫害の憂き目にあうことも度々ありながら、現代に至るまで1000年以上の歴史・伝統を伝えています。
ただ、アトス山は世界遺産の中でもまれな複合遺産に登録されており、国際機関からは女性の禁止について非難の声も。伝統と現代社会の在り方を問いかける世界遺産です。
メテオラ
複合遺産 【1988年】
アトス山同様、9世紀ごろから修道士が住み着いていたとされ、世俗から切り離されたメテオラの断崖を、瞑想や祈りを捧げる場としていました。ただ、メテオラの修道士たちは共同体として生活してはおらず、修道院が設立されたのは14世紀になってからです。アトス山が戦火に巻き込まれた際、多くの修道士たちがメテオラへ移住したために建てられるようになりました。
ギリシャに多くある世界遺産の中でも、メテオラは文化財としても自然遺産としてもその美しさが際立ちます。印象的な切り立った山々、荘厳な修道院、迫力のある景観によって、「天空の修道院」とも称されます。
現代でも6つの修道院が機能しており、世界遺産の中の複合遺産に登録されています。観光で訪れることが可能ですが、聖地のためマナーを守って見学してくださいね。
ダフニ修道院群、オシオス・ルカス修道院群及びヒオス島のネア・モニ修道院群
文化遺産 【1990年】
「ダフニ修道院」「オシオス・ルカス修道院」「ネア・モニ修道院」はあわせて世界遺産登録されていますが、ギリシャ国内で地理的には非常に距離があります。ダフニはアテネ近郊、オシオス・ルカスはデルフィの近く、ネア・モニのあるヒオス島はトルコからほど近いエーゲ海の東側にあります。
これらの修道院の共通項、それはビザンツ時代11世紀のモザイク画が残されている点です。言い方を変えると、この3つの修道院以外に同時期のモザイクが見つかっていないため、その希少性から世界遺産に登録されています。ただダフニとオシオス・ルカス修道院が建てられた経緯は謎のまま。ネア・モニは王位に関する予言が的中したことがきっかけのようです。
ミストラスの考古遺跡(ミストラ遺跡)
文化遺産 【1989年】
歴史の授業で一度は「スパルタ」の名を聞いたことがあるかもしれません。スパルタ、そして世界遺産に指定されたミストラスもまたギリシャ南部、ペロポネソス半島に位置します。このエリアはギリシャ中心部とは異なる歴史を有しており、13世紀初頭に「アカイア公国」という国が建てられます。ミストラスの城塞はそれを契機に建設されました。
公国自体は13世紀半ばに東ローマに屈しますが、ミストラスは14世紀になると大いに発展。人口増加により市街地や城壁を建設、各所に門や塔を配して防備を固め、街を整備していきました。この時の建材に古代スパルタの石材が使われている点も面白味がありますよ!ペロポネソスの中心、文化都市としての発展もみられた、美しい丘の古都の遺跡です。
ケルキラ歴史地区(コルフ旧市街)
文化遺産 【2007年】
ギリシャ北西、イオニア海に浮かぶケルキラ島。英語名のコルフ島としても知られています。東ローマを経て14世紀以降ヴェネツィア共和国の時代に築き上げられた「旧市街」が世界遺産の対象になっています。石畳で舗装された狭い通りは迷路そのもので、道自体がまがりくねっており迷子になりやすいので注意!ですが素敵な路地の散策は、楽しいものです。
ちなみに、ホメロスの叙事詩「オデュッセイア」に登場する「スケリア」はこのケルキラ島のことだと言われています。スケリアの王女ナウシカアーは、あの有名アニメのモデルになったといも言われていますね!
ロードス島の中世都市
文化遺産 【1988年】
エーゲ海の東南部の端に位置するロードス島。もとはビザンツ時代より築かれた都市が、14~15世紀にヨハネ騎士団により拡張・要塞化され、これが「中世都市」として世界遺産に登録されています。その呼称の通り、中世の雰囲気のままの街並みが、時が止まったかのように保存されていることで有名です。
ロードス島は、イスラム教勢とキリスト教勢が対峙する、そのもっとも前面に位置します。オスマン帝国との攻防戦では死闘を繰り広げた末に敗北。ところが敵対したスレイマン1世はロードス島に対し温情をかけ、騎士団が財産とともに島を去ることを条件に、残された住民には報復が加えられないこと、キリスト教を信仰し続けて良いことを約束。
これにより世界遺産ロードス島の街なみが無傷で残っている、というわけです!尚、敗走した騎士団は新天地のマルタ島でさらに素晴らしい城塞都市を築くことになりますよ。
まとめ
いかがでしたでしょうか!ここまでギリシャに登録される世界遺産、18件すべてをご紹介してきました。
ギリシャは歴史があるため、国の至る所に古代の遺跡や史跡が散らばっています。同じ世界遺産でも、比較的行やすい都市部の遺産もあれば、自然の中や島にあってアクセスしづらい遺産もあります。
都市部にある世界遺産であれば、大手旅行会社のパッケージツアーを利用する、また自分でホテルや飛行機を手配するなど、手軽な旅行が可能です。ただ、都市から離れた遺産は、パッケージツアーでは行けなかったり、思い通りのスケジュールにならなかったりと、満足できないことも…。
だからと言って、個人ですべてを手配するのはとても大変。送迎やサポートがないと不安という方も多いかと思います。
そう考えている方のために「スペースワールド」はリーズナブルかつお客様のご希望に沿った個人(プライベート)ツアーを提供しております。ギリシャの世界遺産を堪能したい、興味に合わせた旅程をアレンジしたい。でもチケットやホテルの手配、現地ガイドなどは全て任せたいと考えている方は、ぜひスペースワールドにお任せください!
弊社ではギリシャ全土のお手配についてご相談が可能です(アトス山は要相談ですがその他のギリシャ都市・世界遺産はほぼ全域アレンジ可能です)。またキプロス島、トルコ、クロアチアやイタリアを組み合わせた旅程も手配OK。気軽にご相談くださいね。
最後にギリシャの観光や世界遺産によくある質問を一問一答形式で紹介します!ぜひご活用ください。
世界遺産と観光のQ&A!
英語で旅行できますか?
ギリシャ語の挨拶には“Γεια σας/ヤーサス”という言葉が用いられ、「こんにちは」「さようなら」の両方に使えます。「ありがとう」は“Ευχαριστώ/エフハリスト”。ただ世界中から観光客が訪れるギリシャの世界遺産などの観光スポット、レストラン、ホテル等では英語が堪能な人が多いです。英語でコミュニケーションが取れる場合、困ることありません。
日本からの行き方は?
日本からギリシャ(アテネ)への直行便はなく、国際線で乗り継ぎが必要です。所要時間が短いのはターキッシュエアラインズ(16時間~)、時間はかかりますがお得なのはカタール航空(20時間~)など中東系です。行き先によっては欧州系のフライトでも乗り継ぎが良いケースもあるでしょう。
アテネからの国内線路線は比較的多くの地へ就航があり、行き先によっては鉄道やバス、船という選択肢もあります。ただ、夏季(5~9月)は多い路線でも、冬季(11~3月頃)はオフシーズンのため大幅に減便します。4月や10月など季節の変わり目の運行状況も年によって変動するため注意が必要です。
サントリーニ島は世界遺産じゃない?
サントリーニ島は残念ながら世界遺産には登録されていません。ただご紹介した世界遺産の中で、もっとも古い「デロス島」の説明にもありますように、このキクラデス諸島のエリアはギリシャの中でも特に古い文明が栄えたエリアです。
サントリーニには「アクロティリ遺跡」という古代遺跡、大火山、カルデラなど他には無い景観が残っています。いずれ世界遺産に登録されても不思議のない素晴らしい島ですよ!
ギリシャ世界遺産のランキングは?
厳密な世界遺産の人気ランキングではありませんが、弊社へのお問い合わせはだいたい以下の順で多いです。以下ご参考までに♪
① アテネのアクロポリス・パルテノン神殿
② メテオラ
③ ロードス島
④ テッサロニキ
⑤ デルフィ